アメリカに住む数学をこよなく愛する16歳のmath kid∫の日々の出来事を綴っています。∫の夢は将来大学の数学教授になること。13歳から本格的に地元の州立大学で数学のコースを受講し始めました。 


by あーちゃんママ

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アドボカシーは特別扱いを要求していることなのか?

冬休みに入る少し前のことになります。

∫が所属する学区のオンライン学校の数学の先生、(&学年担任)Mr. Dから∫宛にメールが送ら
れて来て、「今学年度は学区の予算の都合でNスクール(∫の学校)はAMCの受験がなしになっ
た。」という知らせを受けました。

*AMC(American Mathematics Competitions)はアメリカの中学生、高校生を対象とした、
 全国規模の数学のコンテストのことです。


AMCに参加する(受験)することは∫にとって、個人の目標を達成する為に必要なとても重要な
活動の一つとも言え、この年に一度しかない機会にベストを尽くし、なんとか夢を実現させたい
と日々、モチベーションを高め、維持しながら数学の学習や練習に取り組んでいるのであります。


だからこの知らせを受け取った∫は、とても残念そうでした。


ただ、∫が過去に別のチャータースクールからこのNスクールへの転校を考えている時、AMC受験
についてのこちらの要望は前もってMr. Dに明確に伝えていて、その際は彼も、

「∫君が我が校へいる間は僕が責任持って受験できるようにします。」

と、自信たっぷりに言い切ったので、私たちも安心していました。


もちろん、毎年、州や学区の財政状態も変わるでしょうし、学区側もその都度、あらゆる面を
考慮して判断し、決定付けしていかなければならないということも理解できます。


が、私としてはここで、「あぁ、残念、それは仕方がないわねぇ。」と、それをそのまま受け入
れてしまい、∫にとってはとても重要である機会(AMC受験)を見逃すのを黙って見ていられな
いのであります。


Mr. Dの話によると、学区内の比較的大規模ないくつかの高校ではAMC受験が予定されているら
しく、もちろん、そういったマンモス校では受験希望者も多いでしょうから、それは私も十分理
解できます。

それゆえ、

「同じ学区なのに、うちの子が他の高校の生徒のように数学コンテストに参加できないないのは、
うちの子の機会が奪われてしまってて不公平だ、それは差別なので、学区の全ての学校で試験を
取りやめてしまうべきだ!」

などと思ってはいませんよ。


でも、同じ学区に所属していて、ゾーン(住んでいる地区)によって指定され、自分の選択でどの
学校へ行くかを選べないのであれば、(私立や特殊なチャータースクールなどは又話が別ですが。)
自分の子も他の生徒と同じように、”機会が平等に与えられる”ことを望むのは、決して、「自分の
子だけ特別扱いして欲しい!」と要求しているわけではないと思いますが。


コンテストに”参加する機会”だけでなく、∫の教育ニーズに関しても同じことが言えます。


∫が∫自身にとってフィットし、「最善の学習利益」を得る為には、学区が現在提供している教育、
学習設定では不十分であるので、∫の教育ニーズを満たす為に親の私ができる限りの手を尽くして
それら(∫に適した教育環境や設定)を獲得し、維持していこうと働きかける事は、「自分の子供
を特別扱いしてくれ」と”権利を主張している”事ではなく、「アドボカシー」だと思いますが。


一般の11年生の生徒がそれぞれの学習ペースや学習能力に合わせ、それぞれが学区でオファー
されているAlgebra IIやPreCalculus、 BC Calculus、地元のコミュニティカレッジとの提携
による大学2年までの数学のコースなどの”違ったコース”を履修し、各自がそれぞれの学習利益を
得ることができている中、同じ11年生の段階で大学3年、4年の数学のコースが必要な∫は、”学区
はそれ以上提供していないから”という理由で、ただ、大人しくクラスに座って、すでに何年も前
に学び終えてしまっているクラスを履修し続けろという方が、(数学がアドバンスしているのは)
本人のせいではないのに、”平等な学習の機会”が与えられないということで、私にしてみればそ
ちらの方が不公平で残酷だと思うのであります。


特に、知識、学習願望が強く、新しいことを学ぶことに喜びや楽しみを感じる∫にとっては、それ
ができないことは拷問にも値し、学習意欲喪失だけでなく、感情面や精神面にもマイナスの影響
を与えることになるのです。


(小学生の時はそれが原因で学校生活が辛かったし、私が最終的にホームスクールの道を選んだ
のもそのせいでした。)


私が∫の声となって(小さい頃は得に!)そう言った∫のニーズを満たす為に動かなければ、誰が
してくれるというのでしょうか?

連邦レベルで法的に定められている特別教育と違い、ギフテッド教育は州や学区によりけりなの
で、ほっておいても学校側がきちんと子供の教育、学習ニーズを満たしてくれるというものでは
ありません。


∫の独特で極端な凸凹傾向の為、うちは「特別教育」と「ギフテッド教育」の両方のアドボカシ
ーに携わってきましたが、正直言って、∫の発達障害やその他の問題の”ニーズ”においては、(国
で定められている為)私がそれほどガムシャラになって働きかけなくても、きちんと対応された
という感じがします。


それに対して、ギフテッドの方の課題やニーズはこちらが取り上げない限り、学校側は”見て見
ぬふり”的スタンスで、できることなら予算やロジスティック、その他の課題の対処など、面倒
なことに関わりたくない、といった姿勢を示し、こちらがかなり積極的に働きかけていかねば
何も期待できないと感じました。


(これは得にギフテッドプログラムがなかったカリフォルニアの公立学校へ通っていた頃の事
で、比較的確立されたギフテッドプログラムが存在する現在のネバダ州の学区では、その苦労
はかなり減りましたが、それでも学区が提供する規格のギフテッド・プログラムには適応しな
い∫のアドボカシー活動は、決して簡単なものではありません。(汗)


子供の教育ニーズを満たそうと、(正直言って、私は教育がどうのこうのというよりも、∫が
不幸な姿を見るのが耐えられないので、私からすると、”子供のエモーショナルニーズを満た
そうとしてる”の方が強いのですが。)親が学校や学区と協力しあって目標を達成する為に働
き続ける事が、「子供を特別扱いしてくれと要求している」とか、「権利を主張する人の心理
こそ、優越感」だとか、「それにしがみつくのは自信がないとか、劣等感の表れだ」などと
非難されるのか、私にはまったく不可解であります。


第一、∫と私は親子と言っても完全に分かれた個別の人間で、∫の能力とかアチーブメントが
どうであれ、私自身が「優越感」を感じる理由などどこにもないでしょうに。

(私自身のアチーブメントじゃないわけですから、そのクレジットは∫本人に属すると思うの
ですが。)


もちろん、親ですから、∫の業績や努力に対して、親として「我が子を誇らし気に思う」事は
あっても、それに対して優越感など感じたことはないですし、自分の子供の教育ニーズが満た
されていない場合、教育を受ける権利を主張する事が、どう理屈付けをすれば、「親の優越
感」につながるのか私にはさっぱり理解できません。


「教育を受ける権利」は「教育を受けること」を要求できる力で、個人の基本的な人権の一つ
なのですから、それを要求することは決して「特別扱いを要求していると思いませんが。


*教育を受ける権利は、国民が国に対して要求できる基本的人権の1つとされ、社会権に属
している。日本においては、日本国憲法第26条第1項に「すべて国民は、法律の定めるところ
により、その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する。」という規定がある。

(教育を受ける権利:Wikipediaより)

っと、”その能力に応じて、等しく教育を受ける権利を有する”ってあるじゃないですか。


私は過去にもこのブログで何度も「平等」「公正」との違いを取り上げてきました。


私が思うところでは、私が書いた記事や発言が「差別的」だと感じる方は、多分、この概念の
違いを把握していない(もしくはその意見に賛同していない)のではないかと感じました。


過去にもこの画像はアップしてますが、もう一度念の為に。
 

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Equality=「同等」「平等」 Equity=「公平」「公正」


平等は公正さを推進させるために全員に対して同じものを与える。しかしそれが正常に機能
するのは全員のスタート地点が同じ場合に限られる。 この場合は全員の身長が同じ時だ。」


公正さは人々を同じ機会へのアクセシビリティを確保すること。個人それぞれの差異や来歴
は、何らかの機会への参加に対して障壁になることがある。なので最初にまず公正さが担保さ
れて初めて平等を得ることができる。」



私はこの説明にすごく納得がいくのであります。

私も子供はどの子も大切な存在であって、その子に伸びる可能性を見出し、その子ひとりひとり、
その個性を伸ばし、必要なところをサポートすることが教育であるということに異議はありませ
んし、まさにその通りだと思います。


(だから私は、社会経済的に不利な家庭の子達や、家庭の事情に恵まれない、at-riskの子供達が、
彼らが皆と同じ地点に少しでも近づけるように、彼らに必要な得別の待遇を受けることに対して
なんの抵抗もありませんし、それどころかそうあるべきだと思ってます。 ある一定の境遇に生
まれてきたのは、子供たちのせいではありませんしね。)


すべての子どもに”平等”に、その子にとって必要なサポートや学びの機会が与えられるべきだと
思っています。

でも、じゃぁ、その「その子にとって必要なサポート」は、どうやって見極め、判断するので
すか?


支援をするって言っても、何をどのようにすればいいのかターゲットが定まらなかったら、”平等
だから”と、ただ闇雲に皆に同じものを支給しても、最大限の効果は期待できないと思いますが。


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何度もしつこいほど言いますが、(本当にしつこい!笑)個人、ひとりひとりのニーズを知る為
には、その子の認知や学習、その他、適応機能などのプロフィールを認識する為のアセスメント
は必要不可欠になってきますし、それでその子の現時点の機能レベルや立ち位置を明確にしたか
らといって、それが差別につながるという概念が私には理解できません。


ギフテッドの程度だけに限らず、知的障害の度合いなども医学的にも分かれていて、教育上にお
いての参考?としてそれが使われている場合もあるんじゃないですか? それとも差別的となる
のは、知的能力が優れているとみなされる”ギフテッドのみ”となるのでしょうか?


私には支援を受ける為に「ギフテッド」と「普通」を区別してもいいけど、(自分にあった支援
を受ける為に)更にその中での細かな区別をする事は「差別」となるという理屈が本当に理解で
きません。


普通に「ギフテッド」と区別されただけでは、本人にとって必要な支援が受けられないので、支
援が受けられるように、更にその先の必要なアクションを試みているだけなのに。


(私がよっぽど頭が悪くて”ごく当たり前のことが理解できないのか?とマジで考えてしまった。)


私はギフテッドのレベルをIQのみで判断されるべきだと言ってませんし、そう思ってもいません。

IQで測れる能力や才能など、ある一定の限られた分野での認知機能に過ぎず、人間の能力はそれ
だけで判断されるべきではないと思ってますしね。


私は個人的には、ギフテッドのレベルにおいて、IQの数値はあくまでも、「知的・認知能力の分
野で参考となり得る要素の一つに過ぎない、と見てますので。


(だって、2Eの子達はアセスメントは不利に働くことがあるので、数値だけを鵜呑みにできま
せんから。)


なんだかまとまりのない文章をだらだら書いてしまいましたが、少し前に、某ブロガーさんと
彼女のコメント欄で意見を言い争った際、(Hさん、その際はお忙しいところ、貴重なお時間
を無駄にして申しわけありませんでした。)お互いの考えを論争するというよりも、個人同士
の人格についての口論となってしまい、結局、自分が言いたかった事があまり言えなかったの
で、読者の皆さんに伝えたくて、今回、私の思いを書き綴りました。


言いたいことが全て言い切れず、ずっとモヤモヤしていたのですが、これで少し、胸のうちが
すっきりしたので、この先はこの件に関しては取り上げることもないでしょう。


そして、私が∫の為にやっていることは自分では「アドボカシー」と思ってますが、人それぞれ
感じ方、受け取り方、考え方があると思いますので、それを「自分の子供に特別扱いを要求し
ているだけ」と取られるようなら、それはもう仕方がないですね。


でも、私としては、自分が色んな言葉で批判、非難されようが、∫のニーズが満たされ、本人が
ハッピーと感じることが出来るのであれば、私の本来の目的が達成されたとして、別に何と呼
ばれようが構いません。

私にとって、最終的に一番大切なことは∫の幸せなので。



尚、冒頭の数学コンテストの件ですが、私が諦めず、Mr. Dに学区内でAMCの受験が行われる
高校へ、∫も同じ学区の生徒として参加させてもらうことができないか聞いてみて欲しいと頼
んだので、現在、Mr. Dは他の高校の関係者たちに交渉をしてくださっている最中であります。


そしてもし、無理と言われたならば、登録金、試験料は私たち個人で負担するので、学区にそ
のことを伝え、許可をとってはくれないか?とも話しています。


(受験が中止になった理由はもともと”教育予算の都合”ということなので、学区もこの私たちの
オファーに対して”ノー”は言いにくいでしょう。苦笑)

こんなふうに、卒業するまでは、まだまだ油断することができず、アドボカシーを続けていかな
くてはならないんです。


それにしても、何としてでも今年、AMCを受験することができればいいのですが…


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